前回のコラムでは、南風原町のマイフレンズ保育園で行われた、親子で室内や園庭の環境をつくるワークショップを紹介しました。
こどももおとなも、それぞれの思いを持ちながら、その場に関わっている。「お手伝い」という言葉だけでは表しきれない姿が、印象に残りました。
今回は、その後のお話です。
前回のコラム「ワークショップから見えた『手伝う』という表現って、どうなのか?」はこちら

一級建築士・こども環境アドバイザーの井上寿さんを迎えて行われたワークショップ。その際、園庭の樹木を剪定し、たくさんの枝や葉が出ました。
「これは、遊びに使えそうだ」
そう思い、枝を丸ノコでさまざまな形に切り分け、保管しておきました。切ったばかりの木は、次の巡回日まで乾燥させておくことにしました。
そして迎えた巡回日。枝や葉、切り分けた木を出してみると、こどもたちは思い思いに手に取り始めました。
あるこどもは、穴あけパンチで葉っぱに穴をあけようとしていました。
ふにゃふにゃとした葉っぱを、パンチの狭い隙間に差し込んでいきます。手元をじっと見つめながら、指先を慎重に動かしていました。
葉っぱに穴をあける。
言葉にすると、それだけのことかもしれません。けれど、その小さな動きに目を向けると、柔らかな葉っぱと道具の間で、こどもが葛藤しながら試している姿が見えてきます。

別の場所では、切り分けた木を、パズルのようにボンドでくっつけているこどもがいました。
切った木を、元の形に戻そうとしていたのでしょうか。それとも、何か別のものをつくっていたのでしょうか。
その意図は、見ているだけでは分かりません。それでも、木を組み合わせていく姿には、その子なりに確かめたいことや、やってみたいことがあるように感じました。

また、ボンドやテープで木をつなぎ合わせるなかで、キックスクーターやバイク、生き物も生まれていました。できたものを使って、ごっこ遊びも始まっていきます。


同じ園庭から出た枝や葉が、こどもの手の中で、それぞれ違った意味を持ち始めていました。

ここで大切にしたいのは、木で「作品」をつくることではなく、木で「遊び道具」をつくるという視点です。つくって完成することが終わりではなく、つくったものを使って、さらに遊びが始まっていきます。
自分がつくったものと、ほかのこどもがつくったものを組み合わせる。ごっこ遊びのなかで、それぞれの遊び道具や見立てが出会うことで、一人では思い付かなかったやり取りや物語が生まれていきます。
一つの遊び道具にも、決まった遊び方だけがあるわけではありません。誰と、何と組み合わせ、どのように見立てるかによって、遊びは無限に広がっていきます。木をつなぐことから、こども同士のイメージがつながることへ。そこに、遊び道具をつくる面白さがあるように思います。
園庭には、玩具のほかにも、遊びにつながるものがたくさんあります。剪定した枝や葉も、その一つです。
「これも使えそうだ」と目を向けることで、身近なモノを資源として捉え直すことができます。そして、その資源にこどもが関わることで、遊びが生まれていきます。
今回、私は枝を切り分け、こどもたちが手に取れる素材として用意しました。でも、そこからどのような遊びが生まれるかは、こどもたちが関わるなかで広がっていきました。
保育者が身近なものを遊びに生かす姿は、こどもがその可能性に気付くきっかけになります。そして、こどもの使い方が、おとなやほかのこどもの気付きを生むこともあるでしょう。
そうした経験が日々重なっていくことで、身近なものを遊びに生かす文化が育っていくのではないでしょうか。
園庭で出た枝や葉を、遊びの資源として見直してみませんか。