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園庭で木材を扱いながら環境をつくる親子と保育者

ワークショップから見えた「手伝う」という表現って、どうなのか?

2026.10.19

南風原町にあるマイフレンズ保育園に、一級建築士・こども環境アドバイザーの井上寿さんがやってきました。

1日目は、環境と保育についてのお話。2日目は、親子で室内や園庭の環境をつくるワークショップが行われました。

園舎の前に用意された木材と作業するおとな達

朝から親子で木材を運んだり、土を運んだり、ゴミを集めたり。園庭のあちらこちらで作業が進んでいきます。

こども達は、おとなの周りで作業を眺めたり、自分からやることを見つけたり、時には遊びながらおとなの様子をうかがったり。それぞれの関わり方で、その場に参加していました。

園庭で木材を扱いながら環境をつくる親子と保育者

そんな光景を見ながら、ふと考えたことがあります。

これは「お手伝い」なのだろうか。

「手伝う」という言葉には、誰かが行っていることに、別の誰かが力を貸すという意味合いがあります。

しかし、今回のワークショップでは、少し違う関係性を感じました。

こどもも、保護者も、保育者も、それぞれがその場にいる一人として、自分にできることや必要だと思うことに関わっている。

誰かのために「〇〇してあげる」のではなく、必要だから「〇〇する」。

もちろん、すべての人が同じ思いで参加していたわけではないでしょう。それでも、そこには「手伝う人」と「手伝ってもらう人」という関係だけでは表せないものがあったように思います。

例えば、こどもへの言葉掛けもそうです。

「すごいね」
「できたね」
「えらいね」

ではなく、

「助かった!」
「ありがとう!」

という言葉が自然と出てきます。

それは、こどもが何かをできたことへの評価というよりも、こどもの行為によって、その場にいる誰かが助かったという実感から生まれる言葉です。

地面にチョークで描いた図を囲み、環境づくりを考える場面

ツリーデッキをつくっているおとな達の周りでも、印象的な姿がありました。

「まだ〜?」
「早く登りたい!」

完成を待ちきれないこども達。

作業を眺めながら、落ちたビスを拾ったり、足りなくなったビスを補充したり。

木材の上にビスを用意してツリーデッキをつくる作業の手元

こども達は、ただ完成を待っているだけではありませんでした。

とはいえ、こども達は、おとなの作業を手伝おうと思っていたのでしょうか。

もしかしたら、早く遊びたいからこそ、作業が気になり、自然と手が伸びたのかもしれません。

そこには、こども自身の「早く遊びたい」という願いがあります。

おとなには「ツリーデッキを完成させたい」という思いがあり、こどもには「早く登って遊びたい」という思いがある。

それぞれの思いは必ずしも同じではありません。それでも、同じ場所で、それぞれの思いが重なり合いながら、一つの環境がつくられていく。

そんな姿が印象に残りました。

園庭の木の構造物の周りで、それぞれに関わるこどもとおとな

保育園では、あえて「お手伝い」という活動を設けることがあります。

もちろん、お手伝いそのものを否定したいわけではありません。

ただ、今回のように、誰かに頼まれたからではなく、その場で必要なことを見つけ、自分から関わっていく姿を見ていると、それを「お手伝い」と呼ぶことに、少し違和感を覚えました。

おとなが主となって、こどもがそれを手伝う。

そうした関係だけではなく、こどももおとなも、それぞれの思いを持ちながら、その場をともにつくっているのではないでしょうか。

今回のワークショップは、室内や園庭に新しい環境をつくる時間でした。

しかし、そこで生まれていたのは、形あるものだけではありません。

こどもがおとなの仕事を見つめ、おとながこどもの行為に助けられる。

何かを頼んだり、頼まれたりするだけではない、人と人との自然なやり取りが生まれていました。

「手伝う」という言葉が間違っているわけではありません。

でも、今回のような関係性を「お手伝い」という言葉だけで表してしまうと、何か大切なものが抜け落ちてしまう気がします。

では、何と呼べばよいのでしょうか。

「協働」なのか、「共につくる」なのか。

どちらもしっくりくるようで、少し違う気もします。

お手伝いという言葉では、何かが足りない気がする。でも、それを何と呼べばよいのだろう。

そんな問いが残ったワークショップでした。

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