南風原町にあるマイフレンズ保育園に、一級建築士・こども環境アドバイザーの井上寿さんがやってきました。
1日目は、環境と保育についてのお話。2日目は、親子で室内や園庭の環境をつくるワークショップが行われました。

朝から親子で木材を運んだり、土を運んだり、ゴミを集めたり。園庭のあちらこちらで作業が進んでいきます。
こども達は、おとなの周りで作業を眺めたり、自分からやることを見つけたり、時には遊びながらおとなの様子をうかがったり。それぞれの関わり方で、その場に参加していました。

そんな光景を見ながら、ふと考えたことがあります。
これは「お手伝い」なのだろうか。
「手伝う」という言葉には、誰かが行っていることに、別の誰かが力を貸すという意味合いがあります。
しかし、今回のワークショップでは、少し違う関係性を感じました。
こどもも、保護者も、保育者も、それぞれがその場にいる一人として、自分にできることや必要だと思うことに関わっている。
誰かのために「〇〇してあげる」のではなく、必要だから「〇〇する」。
もちろん、すべての人が同じ思いで参加していたわけではないでしょう。それでも、そこには「手伝う人」と「手伝ってもらう人」という関係だけでは表せないものがあったように思います。
例えば、こどもへの言葉掛けもそうです。
「すごいね」
「できたね」
「えらいね」
ではなく、
「助かった!」
「ありがとう!」
という言葉が自然と出てきます。
それは、こどもが何かをできたことへの評価というよりも、こどもの行為によって、その場にいる誰かが助かったという実感から生まれる言葉です。

ツリーデッキをつくっているおとな達の周りでも、印象的な姿がありました。
「まだ〜?」
「早く登りたい!」
完成を待ちきれないこども達。
作業を眺めながら、落ちたビスを拾ったり、足りなくなったビスを補充したり。

こども達は、ただ完成を待っているだけではありませんでした。
とはいえ、こども達は、おとなの作業を手伝おうと思っていたのでしょうか。
もしかしたら、早く遊びたいからこそ、作業が気になり、自然と手が伸びたのかもしれません。
そこには、こども自身の「早く遊びたい」という願いがあります。
おとなには「ツリーデッキを完成させたい」という思いがあり、こどもには「早く登って遊びたい」という思いがある。
それぞれの思いは必ずしも同じではありません。それでも、同じ場所で、それぞれの思いが重なり合いながら、一つの環境がつくられていく。
そんな姿が印象に残りました。

保育園では、あえて「お手伝い」という活動を設けることがあります。
もちろん、お手伝いそのものを否定したいわけではありません。
ただ、今回のように、誰かに頼まれたからではなく、その場で必要なことを見つけ、自分から関わっていく姿を見ていると、それを「お手伝い」と呼ぶことに、少し違和感を覚えました。
おとなが主となって、こどもがそれを手伝う。
そうした関係だけではなく、こどももおとなも、それぞれの思いを持ちながら、その場をともにつくっているのではないでしょうか。
今回のワークショップは、室内や園庭に新しい環境をつくる時間でした。
しかし、そこで生まれていたのは、形あるものだけではありません。
こどもがおとなの仕事を見つめ、おとながこどもの行為に助けられる。
何かを頼んだり、頼まれたりするだけではない、人と人との自然なやり取りが生まれていました。
「手伝う」という言葉が間違っているわけではありません。
でも、今回のような関係性を「お手伝い」という言葉だけで表してしまうと、何か大切なものが抜け落ちてしまう気がします。
では、何と呼べばよいのでしょうか。
「協働」なのか、「共につくる」なのか。
どちらもしっくりくるようで、少し違う気もします。
お手伝いという言葉では、何かが足りない気がする。でも、それを何と呼べばよいのだろう。
そんな問いが残ったワークショップでした。