様々な保育施設で、保育者のやってみたいことや悩みを聞いていると、日々の保育を見つめ直すきっかけとなる場面に出会います。
複数の保育施設で、0歳児、1歳児のこどもたちについて、こんな相談を受けました。
「噛みつきやひっかきが多い」
「落ち着かず、走り回っている」
「モノを投げる」
「登ってはいけない棚に登る」
「複数のこどもが保育者にまとわりつく」
保育者は、日々こうした姿に悩み、どう関わればよいのかを考えていました。
実際に保育室を見てみると、広い空間があるにもかかわらず、こどもたちは柵で仕切られた一角で過ごしていました。
その中には、おもちゃもあれば、ロフトもあります。一見すると、こどもたちが楽しめそうな環境です。
しかし、限られた空間の中に、興味や関心、発達の過程も異なるこどもたちが集まっています。
じっくり遊びたいこども、身体を動かしたいこども、保育者のそばにいたいこども。
それぞれの思いがありながらも、過ごせる場所は限られています。
隣には別の部屋があり、空間としてはつながっています。しかし、柵があるため、こども自身の意思で行き来することはできません。
この環境では、こども同士の距離が近くなり、思いがぶつかる場面も生まれやすいのではないでしょうか。
そして、保育者もまた、噛みつきやひっかきが起こらないように、常にこどもたちの動きを気にかけなければなりません。
こどもを守るための環境が、保育者にとっても緊張の続く環境になっているのかもしれません。

では、なぜこのような環境になっているのでしょうか。
保育者に話を聞くと、そこには明確な理由がありました。
「こどもたちの安全を守るため」
こどもたちが自由に移動することで、目が届かなくなったり、思わぬ事故が起きたりしないように、柵を設けているとのことでした。
移動するときには、保育者が柵を開け、安全を確認しながら隣の部屋へ移動する。
それは、こどもたちを守りたいという保育者の思いから生まれた環境でした。
その思いは、とても大切なものです。
一方で、少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
保育者が考える安全と、こどもたちが求めている環境は、いつも一致しているのでしょうか。
身体を動かしたいと思っても、移動できる場所がない。
少し離れて遊びたいと思っても、同じ空間にいなければならない。
隣の部屋に興味を持っても、自分の意思では行くことができない。
そうした状況が、こどもたちの姿にどのように影響しているのでしょうか。

では、もし安全について議論した後に、こどもたちが過ごせる空間をもう少し広く開放してみたら、どのような姿が見られるでしょうか。
こどもたちは、それぞれの興味や関心に応じて、自然と空間に散らばっていくかもしれません。
身体を動かしたいこどもは、動ける場所へ。
じっくりと遊びたいこどもは、個室的な空間へ。
そうして、それぞれが自分の居場所を見つけていく中で、興味や関心、遊び方の近いこども同士が出会い、遊びが展開していくことも考えられます。

もちろん、こどもたちが必ずしも同じ興味を持つ相手とだけ関わるわけではありません。異なる遊びや姿に出会うことから、新たな関心が生まれることもあるでしょう。
また、こどもたちが適度に分散することで、意図しない身体の接触や、遊びを妨げられる場面が減る可能性もあります。
そして、変化するのはこどもたちだけではありません。
保育者も、こどもたちのすぐそばで常に行動を制止したり、トラブルを防ごうとしたりする関わりから、少し距離をとって、一人ひとりとの距離感や間合いを考える関わりへと変わるかもしれません。
こどもとの距離が生まれることで、これまで見えなかったこどもの姿が見えてくることもあるのではないでしょうか。
ただし、空間を広げれば、それだけで安全になるわけではありません。こどもの発達や人数、保育者の配置、死角や危険箇所などを踏まえた環境構成が必要です。こどもの興味関心のある環境(人、モノ、場所)を考え、試し続けることが必要です。
もちろん、噛みつきやひっかきの理由を、環境だけで説明することはできません。
発達の過程や、そのときの思い、こども同士の関係性など、様々な要因が重なっています。
だからこそ、こどもの行動だけを見て「どうしたら噛みつかなくなるか」「どうしたら落ち着いて過ごせるか」と考えるのではなく、その行動が生まれている環境にも目を向けてみたいのです。
そして、ここで大切にしたいのは、保育者自身が日々の保育を振り返ることです。

「なぜ、この場所に柵を設けたのだろう」
「この環境で、こどもたちは何をしようとしているのだろう」
「私たちが安全だと思っている環境は、こどもにとってどのような環境なのだろう」
「こどもに任せてみることで、どのような姿が見られるだろう」
こうした問いを、保育者自身の気づきや言葉から深めていきたいと考えています。
保育者がよかれと思って整えた環境が、知らず知らずのうちに、こどもの行動や選択を制限していることもあるかもしれません。
一方で、こどもを守ろうとする保育者の思いも、日々の保育を支える大切なものです。
「こどもをどう変えるか」ではなく、「こどもの姿から、私たちの保育をどう考えるか」。
安全を守るために、こどもの動きを制限することが必要な場面もあるでしょう。
しかし、安全を守る方法は、それだけではないはずです。
こどもが自ら動き、選び、遊ぶことのできる環境を整えることも、安全を考える一つの方法ではないでしょうか。
保育者の意図によって整えられた環境を、今度はこどもの姿から見つめ直してみる。
そのような振り返りを、保育者とともに重ねていきたいと思います。