保護者が園でのこどもの様子を知る方法として、連絡帳アプリやSNSなどを通じた写真や活動の共有が広がっています。
園でどんな遊びをしているのか、誰と関わっているのか、どんな表情を見せているのか。
日常の様子を保護者に届けることは、とても大切な取り組みです。
一方で、写真や文章を通してこどもの姿を「見る」ことと、実際にその場に身を置き、こどもの姿を「感じる」ことには、違いがあるように思います。
そこで、保育行事を単に活動を披露したり、親子で何かを体験したりする時間ではなく、保護者と保育者が共にこどもを知る時間として考えてみてはどうでしょうか。
北海道北見市の認定こども園美山遊子では、親子アスレチックを行いました。
おとなが身体を使って道や足場となり、こどもたちがその上を登ったり、渡ったり、乗り越えたりしていきます。
そこには、自分のこどもだけではなく、ほかのこどもと関わる機会もあります。
こうした場に保護者自身が参加することで、普段とは異なるこどもの姿に気づくきっかけになるかもしれません。



北海道北見市のゆうし小規模保育園では、0〜2歳児の親子で新聞紙やダンボールを使った遊びを行いました。


また、那覇市のレイモンドあしびなー保育園では、0〜5歳児の親子で同じように身近な素材を使った時間を過ごしました。


新聞紙を広げる、破く、丸める、つなげる。
ダンボールに乗ったり、動かしたり、形を変えたり。
同じ素材であっても、こどもによって関わり方は異なります。
素材そのものに興味を持つこどももいれば、おとなのしていることに興味を持つこどももいるでしょう。
誰かが始めたことを見て、自分もやってみようとする姿もあるかもしれません。
決められた遊び方や完成形がないからこそ、一人ひとりの興味や関わり方が見えてくるように思います。
こどもが何かに挑戦したとき、私たちおとなは、つい「すごいね」「できたね」「がんばったね」と声をかけます。
もちろん、その言葉が悪いわけではありません。
ただ、こどもの姿をもう少し丁寧に見てみると、別の言葉が生まれてくるように思います。
「何度も同じところに戻っていたね」
「ほかの子がやっていることを、ずっと見ていたね」
「お父さんの身体を使って、こんな遊び方を考えたんだね」
こうした言葉には、できたか、できなかったかという結果だけではなく、そのこどもが何に心を動かし、どのように周囲の世界と関わっていたのかという視点があります。
家庭では見せない姿、園では見せない姿。
保護者だから気づくこと、保育者だから気づくこと。
それぞれの発見を持ち寄ることで、一人のこどもを理解する視点が広がっていくのではないでしょうか。
保育行事は、園が日頃の成果を保護者に見せる場だけでなくてもよいと思います。
保護者も遊びの当事者となり、こどもと関わり、ときにはほかのこどもとも関わってみる。
その中で、今まで気づかなかったこどもの姿に出会う。
そして、その発見を保育者と語り合ってみる。
大切なのは、保護者と保育者が同じ見方になることではなく、それぞれの見方を持ち寄り、こどもへの理解を深めていくことなのかもしれません。
保育行事の在り方を少し工夫することで、「見る」から「発見する」へ。
そして、その発見が、家庭と園で共にこどもを育てていく関係につながっていく。
そんな可能性を、これからも保護者や保育者の皆さんと共に考えていきたいと思います。