木屑と手足のあいだから、遊びが立ち上がる
先日、一級建築士・こども環境アドバイザーの井上寿氏が沖縄県を訪れました。私は、豊見城市にあるもみじ保育園と、恵福祉会の4施設の巡回に同行させていただきました。
それぞれの施設で環境について考えるなかで学んだのは、環境の悩みが、保育の見方ともつながっているということでした。
どのような環境をつくるか。その問いを掘り下げると、そこで過ごすこどもの姿をどう見ているのか、どのような関わりを大切にしたいのかという問いにも出会います。環境を考えることは、保育を見つめ直すことでもあるのだと感じました。


ワークショップの最中、心に残る小さな場面がありました。
使い終わったスライド丸ノコの近くに残っていた木屑に、こどもが気づいたのです。
足で足跡をつける。足で払って、木屑の形が変わるのを味わう。床の隙間に細かな木屑を落とす。こんもりと集める。
ワークショップで木を加工するなかで生まれた木屑が、こどもの手足と出会い、遊びになっていました。
おとなが物をつくるそばでは、こどもが木の端切れで遊ぶ姿もありました。


※この場面では、工具のコンセントを抜き、刃が上がらないように固定するなどの安全対策を行っていました。
足を動かすと、木屑が動く。集めると、そこに小さな山ができる。床のわずかな隙間には、細かな木屑が落ちていく。
木屑だけでも、床の隙間だけでもなく、自分の手足で触れ、動かすことで起こる変化。その応答のなかから、次の動きが生まれているように見えました。
こどもが何を感じ、何を確かめていたのかは、この短い場面だけでは言い切れません。それでも、手足の動きと、目の前のものの変化を行き来する姿に、立ち止まって見たいものがありました。

おとなが何かをつくっている、そのそばで起きていたこと。今回、私はこの小さな場面を、ワークショップの「余白」として受け止めました。
つくるものや作業の進み具合に目を向けていると、こうした姿は見過ごしてしまうかもしれません。けれど、少し視線を移すと、こどもはすでに、そこにあるものと関わり始めていました。
私たちは、何を遊びとして見ているのでしょうか。用意した活動の周りに生まれる小さな動きを、どのように受け止めているのでしょうか。
この姿を保育者とともに振り返るなら、「木屑で遊んでいた」という記録から、もう一歩先へ進めそうです。どの動きに目が留まったのか。何と何が出会っていたのか。そこから、次の環境や関わりをどう考えられるのか。
環境をつくり、こどもの姿を見る。その姿をもとに語り合い、また環境を考える。今回の巡回とワークショップを通して、その往復を大切にしたいと思いました。
遊道としても、こどもの遊びや活動から問いを見つけ、保育をともに考え直していく関わりを重ねていきたいと感じています。
ちょっとした瞬間でしたが、そこには、環境とこどもの関係を考える手がかりがありました。みなさんの園では、予定していた活動のそばに、どのような「余白」が生まれているでしょうか。