こどものケンカを見たとき、すぐに止めるべきか、それとも見守るべきか、他に対応はあるか、迷う場面は少なくありません。
先日、長嶺こども園にて「共感を通じて育つこどもとおとなの配慮」というテーマで研修を行いました。
研修では、写真や動画をもとに、こどもが何を感じているのか、おとなの距離感をどう考えるか議論しました。
おとなの意図や願いを一旦横に置き、「こどもになったつもりでどう感じるか」という視点で話し合う時間となりました。

話し合いの中では、次のような声があがりました。
こうした関わりの背景には、「こどものため」という大人の思いと不安あるように感じました。

議論は「ケンカをどう見るか」というテーマに進みました。
「大けがになる前に止めたほうがよい」という意見も出ました。
そこで私は、次の問いを投げかけました。
「どこまでが“大けが”だと思いますか?」
すると、
・骨折
・救急搬送が必要な状態
・目の損傷
といった意見が出ました。
実際には、こうした事態が頻繁に起こるわけではありません。
それでも大人は、最悪のケースを想像してしまいがちです。

ここで改めて考えたいのは、そもそもケンカは「いけないものなのか」という点です。
発達の過程において、感情のぶつかり合いは、刺激への反応や自我の芽生えでもあります(年齢によっても変わります)。
おとなが過度に介入することで、こども同士で関係を調整する機会を奪ってしまう可能性もあります。
一方で、放置すればよいというわけでもありません。
重要なのは、次のような視点を持ち続けることです。
・介入する価値
・介入しない価値
・介入しすぎるリスク
そのうえで、
・こどもの気持ちを聞く
・状況を言葉で整理する
・一人で振り返る時間をつくる
といった関わりも大切になります。
また、おとなが「裁判官」のように善悪を決める関わりにならないことも重要です。

善かれや不安の感情から、おとなが先回りして関わるのではなく、時には見守りながら、こどもの情動や行動の変化を捉えていくことが求められます。

「遊道」では、こどもが体験を通して成長できるよう、こどもとおとなの距離感について考え続けるための“種まき”を、今後も行っていきます。